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アディダスの概要



アディダス(adidas)は1920年にドイツ・ニュルンベルク近郊で誕生しました。靴職人の息子として誕生したルドルフ・ダスラー(兄)とアドルフ・ダスラー(弟)兄弟により創設された「ダスラー兄弟製靴工場」を祖とする、スポーツ用品メーカーアディダスの概要を紹介します。

アディダスの歴史

アディダスの歴史

1936年のベルリンオリンピックにおいて、100m、200m、4×100mリレー、走り幅跳びの4つの競技で金メダルを獲得したジェシー・オーエンスに競技用スパイクを提供したことにより「ダスラー兄弟製靴工場」の事業は波に乗り、ピーク時には年間20万足の靴を販売するまでに至りました。

1948年にダスラー兄弟は意見の相違により「ダスラー兄弟製靴工場」を廃止し、それぞれ会社を立ち上げることになったのです。弟のアドルフ・ダスラーは「アディダス」社を、兄のルドルフ・ダスラーは「ルーダ(のちのプーマ)社」を設立しました。なお、ダスラー兄弟製靴工場の設備や技術、従業員は兄弟間で細かく分割され、アディダスとプーマの競争は熾烈を極めました。アディダスの名前はアドルフの愛称である「Adi(アディ)」と「Dasseler(ダスラー)」を組み合わせてできたものです。

1970年代にアドルフ・ダスラーの息子、ホルスト・ダスラーが経営を引き継ぎ、SL(スポーツ広告代理店)の設立など新規事業を始めました。ホルストは当時のIOC会長やFIFA会長、IAAF会長などスポーツ界の重要人物との太いパイプを持つことに成功し、FIFAワールドカップやオリンピックなど、大規模な世界的スポーツイベントの商業化に多大な影響を与えたと言われています。

このころのアディダスは売上高で世界一を誇るスポーツ用品メーカーとなり、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いでした。しかし、1987年にホルスト・ダスラーが51歳という若さで急死すると経営者一族による経営権争いなどが激化し、アディダスの経営に暗雲が立ち込めます。ナイキ、リーボックの後塵を拝し業界3番手になったアディダスはフランスの実業家であったベルナール・タピに株式の過半数を買収され経営権を握られます。しかし、業績は好転せず、1993年に銀行団が主導となりロベール・ルイ・ドレフュスが経営権を握ることとなり、ようやく黒字化を果たしました。1998年にはアディダス直営の日本法人「アディダス・ジャパン」を設立しています。

アディダスが契約を締結している団体

アディダスが契約を締結している団体をご紹介します。

  • サッカー日本代表
  • 読売ジャイアンツ
  • 横浜F・マリノス
  • FC東京
  • アルビレックス新潟
  • 松本山雅FC
  • 神戸製鋼コベルコスティーラーズ
  • サントリーサンゴリアス

アディダスが契約を締結している主な選手

アディダスが契約を締結している主な選手をご紹介します。

  • 青木宣親
  • 内海哲也
  • 坂本勇人
  • 藤井秀悟
  • 和田毅
  • 西岡剛
  • 香川真司