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プール情報

立花美哉選手の経歴



立花美哉選手は、1974年12月12日、滋賀県大津市生まれの水泳選手です。専門種目はシンクロナイズドスイミングで、アトランタオリンピック(1996年)、シドニーオリンピック(2000年)、アテネオリンピック(2004年)と3大会連続で出場し、4つの銀メダルとひとつの銅メダル、計5つのメダルを獲得しています。引退後は、所属していた井村シンクロクラブで指導者として次世代選手の育成に務めています。

現役時代の立花美哉選手

現役時代の立花美哉選手

立花美哉選手は、小学校時代にシンクロを始めました。中学生になると「シンクロ界の母」と呼ばれる井村雅代氏のスクール、「井村シンクロクラブ」に移籍し、本格的にシンクロの道へと進みます。同時期に井村シンクロクラブに移籍してきたのが、のちにデュエットを組み共に輝かしい戦績を残す、武田美保選手です。立花選手は、1991年の世界ジュニア選手権で三冠を達成するなど、ジュニア時代から大きな成果を残しました。四天王寺高校卒業後は同志社大学に進学しますが中退し、カナダへ競技留学するなど競技へ専念します。そして、1996年のアテネオリンピックでオリンピック初出場を果たし、チーム競技で銅メダルを獲得します。続く2000年のシドニーオリンピック、2004年のアテネオリンピックでは、チームの他、武田選手とのデュエットでもそれぞれ銀メダルを獲得し、日本シンクロ界に名を残す存在となりました。2000年度のJOC賞特別功労賞、2001年度にはJOCスポーツ賞最優秀賞をそれぞれ受賞しています。

指導者として、教育者としての活躍

立花美哉選手は2004年のアテネオリンピック後に引退を表明すると、日本オリンピック委員会のスポーツ指導者海外研修員制度を利用して、アメリカ・カリフォルニア州サンタクララに2年間留学しました。その後は、古巣である井村シンクロクラブにコーチングスタッフとして所属し、未来のシンクロメダリストを育成するために、指導にあたっています。また、日本シンクロ代表ジュニアチーム、シニアチームのナショナルコーチとしても活躍中です。2011年には国際水泳殿堂入りを果たしました。プライベートでは、2012年に結婚し、ママとしての顔も見せています。

立花美哉選手の主な戦績

立花選手の主な功績を紹介します。

  • 1996年アトランタオリンピック「チーム」銅メダル
  • 1998年世界水泳「ソロ」銅メダル、「デュエット」銀メダル、「チーム」銀メダル
  • 2000年シドニーオリンピック「デュエット」銀メダル、「チーム」銀メダル
  • 2001年世界水泳「ソロ」銅メダル、「デュエット」金メダル
  • 2003年世界水泳「ソロ」4位、「デュエット」銀メダル、「チーム」銀メダル
  • 2004年アテネオリンピック「デュエット」銀メダル、「チーム」銀メダル