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プール情報

柴田亜衣選手の経歴



柴田亜衣選手は、1982年5月14日生まれ、徳島県出身の水泳選手です。専門種目は自由形で、2004年のアテネオリンピックでは、「女子800m自由形」で優勝候補と言われていたフランスのロール・マノドゥを破り、金メダルを獲得しました。

岩崎恭子選手以来の女子水泳金メダリスト

岩崎恭子選手以来の女子水泳金メダリスト

水泳を始めたのは3歳のときです。引越した先の近くにスイミングスクールがあったことがきっかけとなりました。中学高校時代は、目立った成績は残していませんでしたが、鹿屋体育大学4年生のときに、日本選手権水泳競技大会で選考基準をクリアし、アテネオリンピックの日本代表選手に選ばれます。「女子400m自由形」では自己ベストを更新して5位に、「女子800m自由形」では優勝候補と言われていたフランス代表のロール・マノドゥ選手を最後の50mで抜き去り、金メダルを獲得しました。日本の女子選手が自由形で金メダルを獲得したのは、柴田亜衣選手が初めてです。また、女子水泳で金メダルを獲得したのは、1992年バルセロナオリンピック「女子200m平泳ぎ」、岩崎恭子選手以来、12年ぶりとなりました。2005年に鹿屋体育大学を卒業すると、鹿屋体育大学大学院修士課程へ進学します。また、同時に株式会社デサントへ入社しました。研究者として大学院に残りながらも、大学時代からのコーチ、田中孝夫氏の指導のもとに、選手生活も続けました。柴田選手は、アテネオリンピックに続く2008年の北京オリンピックにも日本代表として出場しますが、前大会で金メダルを獲得した「女子800m自由形」で予選敗退するなど成績が出せず、以前より悩まされてきた腰痛の影響などもあり、2008年12月に引退を表明しました。

引退後はスポーツの楽しさを伝える活動を展開

2009年3月に、鹿屋体育大学大学院修士課程を修了すると、継続してデサントで広報などの業務に携わりますが、2011年3月31日にデサントを退職します。以後も、デサントとはアドバイザリースタッフという形でかかわっています。退職後は、スポーツや水泳の楽しさを伝えるため、子ども向けの独自プログラムを展開したり、スポーツ番組の解説を行なったりといった活動をしています。

柴田亜衣選手の主な成績

柴田亜衣選手の活動成績を紹介します。

  • 2003年日本学生選手権水泳競技大会「女子400m自由形」優勝、「女子800m自由形」優勝
  • 2004年第80回日本選手権水泳競技大会「女子400m自由形」2位、「女子800m自由形」2位
  • 2004年アテネオリンピック「女子800m自由形」優勝
  • 2005年第81回日本選手権水泳競技大会「女子400m自由形」優勝、「女子800m自由形」優勝
  • 2006年パンパシフィック水泳選手権ビクトリア大会「女子400m自由形」優勝
  • 2007年世界水泳メルボルン大会「女子400m自由形」3位
  • 2007年第83回日本選手権水泳競技大会「女子400m自由形」優勝、「女子800m自由形」優勝
  • 2008年第84回日本選手権水泳競技大会「女子400m自由形」優勝、「女子800m自由形」優勝

柴田亜衣選手が受賞した表彰

柴田亜衣選手は、2004年に鹿児島県の県民栄誉賞を受賞すると、女性初かつ最年少となる徳島県県民栄誉賞を受賞するなど、多くの表彰を受けています。その一部を以下にご紹介します。

2004年JOCスポーツ賞特別栄誉賞
日本オリンピック委員会(JOC)が制定する賞典で、特別貢献賞は日本オリンピック委員会に大きな協力や貢献をした選手(または団体)に贈られるものです。
2004年紫綬褒章
科学技術、スポーツ、芸術分野において優れた成果を上げた者に対して、天皇から贈られる賞です。野口みずき選手や室伏広治選手も、同年に受賞しています。
2005年朝日スポーツ賞受賞
朝日スポーツ賞は、朝日新聞社がスポーツ分野で大きな成果を残した選手(または団体)に贈られる賞です。同年には、北島康介選手、室伏広治選手、谷亮子選手なども受賞しています。